Thursday, September 23, 2010

近況

忘れられない思い出


 忘れられない思い出は山のようにある。子供のころのこと、学生時代のこと、働いていた時のこと、初恋のこと、留学のこと、1つだけ選ぶのは簡単ではないので、このブログでは「私が人生で最もがんばった時」について書いてみたい。

 私は高校を卒業した後、日本の大学に行かず、アメリカに英語留学した。日本に帰国して少し働いた後、大阪にある外国語大学に社会人入学した。クラスメートはみんな私より6歳年下の18歳。アメリカでは珍しくないが、当時の日本では、とても珍しいことだった。入学試験は英語と面接だけだった。面接では、「あなたのような年齢の女性は、結婚や出産で卒業する前にやめてしまうけど、あなたは大丈夫?」と聞かれて驚いた。日本ではこのような質問が許されているのだ。「私は何があってもやめません。」と面接官に誓った。両親は私に早く結婚してほしかったので、心配していたが、私の気持ちは変わらなかった。

 海外で日本語教師になるという夢をかなえるために、自分で働いてためたお金で一生懸命勉強すると決めた。私立大学だったので、授業料が高かった。一人暮らしのアパート代や食費も必要だ。しかたなく大学に入っても毎日英語や英会話を教えるアルバイトをしながら、大学に通った。電車の中でたくさん勉強して、夜11時ごろ家に帰って晩ご飯を作って、食べて、夜中まで勉強をした。朝の授業はよく遅刻していたが、絶対休まなかった。

 大学2年生の時、体育の授業でバレーボールをしていて、アキレス腱を切ってしまった。すぐ病院に行って、手術をして、入院することになった。アルバイトには行けなくなったが、保険でお金が出たので助かった。入院している間、タクシーやバスで大学に通った。6月、7月の暑い時だったから大変だったが、病院の先生や看護婦さん達が毎日「いってらっしゃい」、「おかえり」とか言ってくれてうれしかった。朝と夜は病院のおいしいご飯を食べて元気が出た。この病院は私の大阪の家族になった。

大学3年生の時、1年間オーストラリアのメルボルンにある大学に交換留学したが、その1年間がとても楽だったので、10キロ近く太ってしまった。国から奨学金をもらったので、お金にも困らず、日本に帰る前にはオーストラリア一周一人旅を楽しんだ。

留学から帰ってから大学を卒業するまでは、またアルバイトと大学の毎日だった。いつも本当に忙しくて、睡眠不足だったが、教える仕事が楽しかったから、あまり苦痛を感じなかった。

卒業の前に、グッドニュースが届いた。私は英米語学科の全学生1,100人中、一番だったので、卒業式の時、英米語学科卒業生代表で表彰されることになった。社会人入学の私が?毎日アルバイトをしていた私が一番?本当?自分が信じられなかった。すぐ両親に電話して、このグッドニュースを伝えた。「お父さん、お母さん、大学を一番で卒業するの。卒業式に来てくれる?」と聞いてみた。私の大学入学に反対していた父が一言「そうか、よかったな。」と言ってくれた。「うん」涙が止まらなかった。 

 「日本の大学はレジャーランド、大学生は勉強しないで遊んでばかりいる」と思われているが、いつもそうではない。同級生があまり勉強しなかったおかげで、私のような学生が一番になれたのかもしれないが、親に頼らず自分で何かを成し遂げた喜びは大きかった。あの時の気持ちが今の私を支えている。努力すれば報われる。人生、努力あるのみだ。

経歴

学歴
昭和57年4月 ○○県立○○高等学校入学
昭和60年3月 ○○県立○○高等学校卒業
平成3年4月  ○○大学外国語学部英米語学科入学
平成7年3月  ○○大学外国語学部英米語学科卒業
平成10年2月  ○○大学言語学部応用言語学修士課程入学
平成11年7月 ○○大学言語学部応用言語学修士課程卒業
平成12年8月 ○○大学外国語学部第二言語習得研究科博士課程入業
平成15年6月 ○○大学外国語学部第二言語習得研究科博士課程卒業

職歴
平成7年4月  ○○学院入社英語科専任講師
平成9年1月  大学院進学により○○学院退社
平成10年7月 シドニー○○日本語非常勤講師
平成12年7月 米国進学により辞職
平成15年9月 カリフォルニア大学サンディエゴ校国際関係大学院日本語講師
        現在に至る。

以上

資格
日本商工会議所珠算検定2段合格
秘書検定2級合格
実用英語技能検定準1級合格
英語科中学校・高等学校教諭一種免許状取得
日本語教育能力検定試験合格

特技
珠算、書道、コンピューター、タイピング

趣味
フィットネス、旅行、映画鑑賞

私の故郷

 私の故郷は愛知県(あいちけん)にある一宮市(いちのみやし)という所です。大学時代は、大阪に4年間いましたが、それ以外は生まれてからアメリカに留学するまでずっと一宮市に住んでいました。

 一宮市の人口は38万人で、愛知県で3番目に大きな町です。愛知県はあまり知られていませんが、名古屋市(なごやし)は、東京、大阪に次ぐ大都市です。また、愛知県には、車で有名な豊田市(とよたし)があるので、トヨタの本社やトヨタ車の工場がたくさんあります。豊田市は名古屋の南にありますが、一宮市は名古屋の北にあるので、一宮から豊田に行くのはかなり遠いです。しかし、一宮市は愛知県と岐阜県(ぎふけん)の県境にあり、名古屋には電車で15分、岐阜市には10分と、とても便利な所にあります。

 一宮市は、夏はとても暑く、冬はとても寒い所ですが、春と秋は気持ちがいい気候です。この地方は、川が多く、田んぼや畑もたくさんあって、緑の多いきれいな町です。近くに海はありませんが、岐阜県が近いので車だと約1時間で山に行けます。夏はキャンプ、冬はスキーを楽しむことができます。

 一宮は、昔は繊維(せんい)の町として有名だったので、毎年7月に大きな「七夕祭り」があります。「ミス七夕」、「ミス織物」を選んで、町の中心で大きなイベントが行われます。また、最近は喫茶店の町として有名になりました。特に、朝行くとコーヒーを注文するだけで、トースト、ゆでたまご、サラダ、デザートなどがついてくる「一宮モーニング」が大人気です。つまり、350円でフルコースの朝ご飯が食べられるというわけです。私は子供のころから、このモーニングに慣れていますが、東京や大阪から来る友人にモーニングを紹介すると、いつもとても驚かれます。さらに、一宮市の新しい名物として、「モーニング・グランプリ」というコンテストも始まって、おもしろい町になってきました。

 他にも、一宮市の近くには楽しい所がたくさんあって(例、犬山モンキーセンター、明治村、アウトレットパーク、ナゴヤドーム、ポケモンセンターなど)、おいしい名古屋名物も食べられます(例、みそ煮込みうどん、みそカツ、海老フライ、天むす、手羽先)。

 皆さん、ぜひ一宮に遊びに来てください。

自己紹介

はじめまして。牛田英子と申します。

現在、カリフォルニア大学サンディエゴ校にある国際関係大学院で日本語を教えております。ここに来る前はペンシルバニア州ピッツバーグの大学院で第二言語習得を専攻し、主にオンラインによる外国語教育を研究してきました。

大阪にある外国語大学の英米語学科を卒業した後、日本語教師を目指し、オーストラリアのシドニー大学とニューサウスウェールズ大学の大学院に留学し、応用言語学を学びました。

趣味は旅行、映画鑑賞、エアロビクスなどですが、家ではペットの猫と遊ぶことが大好きです。夏休みは毎年、家族に会いに日本に帰ります。家族は11人(と犬が1匹、ハムスターが5匹)で、本当ににぎやかで楽しい家族です。

今の大学院でいつまで教え続けるかまだわかりませんが、とてもやりがいのある仕事なので、できるだけ続けたいと思っております。

どうぞよろしくお願いいたします。